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靜岡営業所の山田です。

大変長い間ご無沙汰いたしました。

今回も、昭和の匂いのする話題をお話ししたいと思います。
私の幼い日の思い出の中で、絶対の忘れることができない
思い出は、昭和42年のグリコの懸賞で当たる「ラジコンで動くおつかいブル公」の思い出です。このブル公が欲しくて、欲しくて、当時多分¥20円のアーモンドグリコを本当にたくさん買って中に入っている応募カードを集め、みごとおつかいブル公を手に入れました。当時のお小遣いは多分¥15円だったと記憶しているので、母親があまり欲しがる姿を見かねて、この時期だけこづかいを¥20円にしてくれたのか記憶は定かではありませんが、このチョコレートを手に入れるために、家の手伝い、肩たたき、お使い、果てはビールの空き瓶を拾って酒屋に持っていく等の資金集めを相当やったことも良い思い出です。言い換えればいたいけな少年の心を利用してまんまとチョコレートの販売を伸ばすというグリコの戦略はものの見事に当たった訳です。グリコはその後も次々と懸賞品を出して子供の物欲を駆り立て販売を伸ばしていたようです。それを見た、明治製菓、ロッテも同じ様な懸賞を始め、当時の少年たちは、懸賞品を手に入れようと試行錯誤をして、資金を調達してお目当ての商品を買っていました。少し話題が逸れましたが、その様な血の滲む?努力の末、やっと懸賞カードを30組分集めグリコに送りました。約2週間後待望のブル公が届きましたが、その時の喜びと言えば、水泳の岩崎恭子の言葉を借りれば「10年間生きてきた中で一番嬉しい!!」と言う気持ちで。ワクワクしながらブル公を箱から取り出しましたところ、当時はお試し用の電池など付属されていなかった為、動かす事が出来ず、父に泣きついて電池を買ってもらいました。そしていよいよ電池を投入して、動かしたところ当時の家は殆んど全ての部屋が畳敷きでしたので、車輪が畳に対応していない様で、ほんの1mも動かないうちに車輪が滑り出し、走行不能に陥り、物の見事に壊れてしまいました。
まさに天国から地獄へで、そのショックたるや、筆舌に尽くしがたく、期待の大きさに反比例してあまりのショックに口が効けなくなるほどでした。そして次の日には「ブル公」は保証書と共に元来た道を戻って行ったのであります。そんなこんなで、考えてみれば、ブル公で遊ぶことより、ブル公が欲しくていろいろな困難?を乗り越え見事手に入れたことのほうが良い思い出になっていたのですが、自分にはかけがえのない良い思い出です。
「ブル公や昭和は遠く成りにけり。」です。お粗末!!
untitled.jpg   ブル公応募

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